違和感|技術は本当に進歩し続けているのか
一般的には、科学技術は歴史とともに一方向に進歩し続けていると考えられています。
私たちは、現代の科学が人類史上最も高度であり、古いものは脆く、新しいものは丈夫で長持ちすると無意識に信じています。
しかし、現実には2000年前の建築物の方が長持ちし、現代の建物の寿命の方がはるかに短いという事実があります。
私たちが住む現代の鉄筋コンクリートの建物の寿命は、せいぜい50年から100年程度です。ひび割れから水分が侵入し、内部の鉄筋が錆びてしまえば、取り壊して建て直すしかありません。
ところが、イタリアに残る古代ローマのパンテオン神殿や港湾施設は、激しい地震や荒波に2000年以上も耐え、現在もその姿を留めています。
かつての人類は「数千年崩れない壁」を作る技術を持っていたのに、現代の私たちは数十年でボロボロになる街に住んでいます。
なぜ、私たちはそのような究極の技術を失い、わざわざ脆い素材を大量生産しているのでしょうか。
単に技術が失伝したという理由だけでは、私たちの文明が意図的に「寿命の短いもの」に囲まれ続けている理由を説明しきれません。
観察|永遠の技術と、それを手放した歴史
この謎を紐解くために、材料工学、歴史、そして経済学の事実を確認してみましょう。
第一に、古代ローマのコンクリートがなぜ2000年も崩れないのかという謎は、近年の研究で明らかになっています。
2023年、マサチューセッツ工科大学(MIT)などの国際研究チームは、ローマン・コンクリートの中に「ライムクラスト」と呼ばれる石灰の小さな塊が含まれていることに着目しました。建物にひび割れが生じ、雨水や海水が入り込むと、この石灰成分が溶け出して化学反応を起こし、自動的に亀裂を塞いでしまう「自己修復機能」が備わっていたのです。古代ローマ人は、傷ができても自ら治癒する仕組みを意図的な製造工程(ホットミキシング)によって設計していました。
第二に、歴史を振り返ると、権力者たちはしばしば「永遠に残るもの」の恐ろしさに直面してきました。
古代エジプトの王たちは権力を永遠に示すために巨大なピラミッドを建設しましたが、目立つ建造物は後世の盗掘者にとって格好の標的となり、徹底的に破壊されました。その結果、新王国時代のファラオたちは巨大な墓を作ることをやめ、人里離れた「王家の谷」の地下深くへと自らの痕跡を隠すようになります。また古代ローマでは、政敵の記録や彫像を意図的に削り取って消し去る「ダムナティオ・メモリアエ(記憶の抹消)」という刑罰が頻繁に行われました。
第三に、近代資本主義は、モノの寿命を意図的に短くするシステムを構築しました。
1920年代、世界の主要な電球メーカーは「ポイボス・カルテル」と呼ばれる秘密協定を結び、2500時間ほど持っていた白熱電球の寿命を、技術を逆行させて一律1000時間で切れるように仕様を変更しました。1932年には、アメリカの不動産業者バーナード・ロンドンが、世界恐慌を終わらせるために「政府がすべての製品に消費期限を法律で定め、期限が来たら強制的に破壊すべきだ」という論文を発表しました。これは「計画的陳腐化」と呼ばれ、現在のスマートフォンや家電に至るまで、私たちの経済システムの中核を成しています。
対立|永遠の追求 vs 破壊の肯定
ここで私たちは、「永遠(耐久性)の追求」と「破壊(使い捨て)の肯定」という対立軸に直面します。
「永遠」を追求する論理は、持続可能性の観点から極めて合理的です。
絶対に壊れない建物や製品を作れば、資源の無駄遣いを防ぎ、環境への負荷を劇的に減らすことができます。古代ローマ人が実現した自己修復機能は、インフラの維持コストを極限まで下げ、人々が何世代にもわたって安全に暮らすための絶対的な基盤でした。壊れないモノづくりは、大量消費・大量廃棄による環境破壊を食い止めるための最も倫理的な正解であるはずです。
一方で、「破壊」を肯定する論理もまた、社会のダイナミズムを維持するために不可欠です。
モノが永遠に壊れなければ新しい製品を買う必要がなくなり、工場は止まり、経済は崩壊します。計画的陳腐化は強欲な企業の戦略に見えますが、同時にそれは継続的な雇用を生み出し、新しい技術を社会に導入し続けるための原動力でもあります。また歴史的にも、古い建造物やシステムが壊れて消え去ってくれるからこそ、新しい世代は自分たちの時代に合った都市や文化を自由にデザインすることができます。
しかし、どちらを選んでも深刻な矛盾が残ります。
永遠を追求し、すべてのモノが壊れなくなった世界では、経済は停滞し、新しい世代が活躍する空間的なキャンバスが失われます。逆に、破壊を肯定し、寿命の短いモノを絶え間なく生産・廃棄し続ければ、いずれ地球環境の限界を超え、生存基盤を食いつぶすことになります。
この対立において、AとBが共通して見落としているのは、私たちが技術が足りないから脆いモノを作っているわけではないという事実です。
私たちは、永遠に続く存在がもたらす「停滞」を無意識に恐れ、社会を回し続けるために、あえて壊れることを許容しているのです。
第三の軸|文明のアポトーシス
問題は、私たちの技術が進歩しているか後退しているかではありません。
社会という巨大なシステムを維持するために、人間が「寿命(壊れること)」をシステムの中に意図的にプログラミングしているという構造です。
この構造を理解するために、生命科学の「アポトーシス(プログラムされた細胞死)」という概念を補助線として引いてみます。
多細胞生物の体の中では、細胞が自ら進んで死を選ぶようにプログラムされています。毎日数百億個の細胞がアポトーシスによって死に、新しい細胞が生まれることで、生命体は若さと健全な状態を保ちます。もし、ある細胞がこの「死ぬ機能」を失い、永遠に分裂し続けるようになれば、それは「ガン」となって個体全体を滅ぼしてしまいます。生きるためには、計画的な死が絶対に不可欠なのです。
人間の歴史や文明も、これと全く同じ構造を持っています。
絶対に壊れない古代コンクリートや、永遠に続くシステムは、地球というキャンバスにおける「ガン細胞」になり得ます。私たちが古代の究極の技術を失い、あえて数十年で壊れる建物を建て、数年で寿命を迎えるスマートフォンを使っているのは、技術の敗北ではありません。
それは、社会の新陳代謝を促し、新しい価値観や技術が生まれ変わる余白を作るための、文明のアポトーシス(本稿の造語)なのです。
私たちは永遠を「失った」のではなく、永遠がもたらす息苦しさと停滞から逃れるために、意図的な死と再生のサイクル(スクラップ&ビルド)を選び取りました。
古いものが自然に壊れ、過去の記憶が薄れ、前の世代の遺産が消え去ってくれるからこそ、次の世代は過去の呪縛から解放され、自分たちの手で世界を作り直すことができます。
文明のアポトーシスという視点に立てば、私たちが日々直面している「モノが壊れること」は、単なる劣化ではなく、生命体を健全に維持するための最も美しく、そして残酷な自己浄化システムであることが分かります。

研究課題|「終わらせる」というデザイン
この「文明のアポトーシス」という視点は、物理的なモノだけでなく、私たちの社会のあらゆる現象に適用することができます。
たとえば、企業や組織において、過去に大成功を収めた事業モデルやカリスマ的なリーダーシップが「永遠に壊れない」ことが、かえって次のイノベーションを阻害する最大の要因になることは珍しくありません。
法制度や行政のシステムも同様です。一度作られたルールが自己増殖し、誰もそれを終わらせることができなければ、社会は制度疲労を起こして身動きが取れなくなります。これからの組織設計やルール作りにおいては、「どのように持続させるか」と同じくらい、「いかにして美しく死なせるか(サンセット条項や解散のプログラミング)」を最初からデザインしておくことが求められています。
私たちは、長く続くこと、壊れないことこそが絶対的な善であるという呪縛から自由になる必要があります。
もし、あなたの目の前に「絶対に壊れず、未来永劫機能し続ける完璧なシステム」が完成したとして。
あなたはそれを喜んで後世に残しますか。それとも、未来の誰かのために、どこかにそっと「壊れるためのスイッチ」を仕込みますか。
重要概念
■ ローマン・コンクリート
【定義】古代ローマ帝国で使用されていた、火山灰や石灰などを混ぜ合わせた建築材料。
【由来】イタリアのポッツオーリ地方の火山灰が主原料であり、ローマのインフラを支えた。
【再定義】自然の化学反応を利用し、時間を味方につけることで「永遠」を実現した究極の環境テクノロジー。
■ 計画的陳腐化
【定義】製品の寿命を意図的に短く設計し、消費者に継続的な買い替えを促す経済戦略。
【由来】1920年代のポイボス・カルテルや、1932年のバーナード・ロンドンの論文に端を発する。
【再定義】永遠の技術を封印し、文明に強制的な死期を組み込むことで資本主義を延命させる原罪的システム。
■ アポトーシス
【定義】多細胞生物において、個体をより良い状態に保つためにあらかじめ組み込まれた細胞のプログラム死。
【由来】ギリシャ語で「枯れ葉が落ちる」様子を意味する言葉から名付けられた。
【再定義】全体を生かすために自ら退場する、生命が持つ最も合理的で美しい自己浄化メカニズム。
■ ダムナティオ・メモリアエ
【定義】古代ローマにおいて、反逆者や暴君の死後、その名前や彫像を破壊し、公式記録から存在を消去する刑罰。
【由来】ラテン語で「記憶の抹消」を意味し、元老院の宣告によって行われた。
【再定義】永遠に残そうとする権力者のエゴに対する、後世の人間からの必然的な反発とシステムの再起動。
■ 文明のアポトーシス(本稿の造語)
【定義】古い技術や建造物、社会システムが定期的に壊れ、消滅することによって、文明全体の若さと新陳代謝を保つ構造。
【由来】細胞のプログラム死(アポトーシス)を、人類の歴史や経済システムの変遷にオーバーレイさせたもの。
【再定義】人類が「永遠」を恐れ、次世代のためにあえてスクラップ&ビルドを選び取ったという逆説的な生存戦略。
参照情報
- マサチューセッツ工科大学(MIT) – “Hot mixing: Mechanistic insights into the durability of ancient Roman concrete” (2023)
- バーナード・ロンドン – “Ending the Depression Through Planned Obsolescence” (1932)
- ジャイルズ・スレイド『メイド・トゥ・ブレイク:計画的陳腐化の歴史』(2006)
- ジョン・ホーナー『エジプト文明の生と死』
- 生命科学におけるアポトーシス(細胞のプログラム死)とネクローシスの基礎理論

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