問題提起:「もし、あなたが旅先のたった一つの「体験」によって、これまでの日常が根底から覆されてしまったら‥」
それは、簡単に忘れることのない思い出として、あなたの記憶に刻まれますよね。
今、日本を震源地として、この「体験」が世界に広がり始めています。
その要因は何か。
実は、我々にはごく当たり前の「トイレ」から生まれているのです。
想像してください。
異国の地を訪れ、疲れ切った体でホテルの部屋に入り、何気なくトイレのドアを開ける。
そこに広がるのは、これまで見たこともないほど清潔で、どこかSF映画に出てくるような洗練された空間。
腰を下ろした瞬間、便座からじんわりと温かさが伝わり、用を足した後に、温かい水流が優しくも完璧にあなたを洗い流す――。
「え、トイレってこんなに気持ちいいものだったのか!?」
この、たった一度の「洗浄体験」が、あなたの身体感覚を根底から揺さぶる。
帰国後、自国のトイレに座った途端、「なんだ、これは!」「なぜ、あの快適さがないんだ!」と。
まるで“味の薄い料理”を食べたかのような、拭いきれない違和感に襲われてしまう。
そう、それは、「快適さの基準」は、もう後戻りできないほどに引き上げられてしまったという証明です。
今、この現象が、世界中で密かに、しかし確実に広がっています。
日本の、あの「ウォシュレット」が、世界中の人々の“おしり”を通して、生活習慣と市場の構造を変え始めている。
これは単なる製品輸出の物語ではありません。
私たちの無意識下に潜む「快適さ」の基準。
そして文化的な価値観が、いかにしてグローバルな消費行動と経済に波紋を広げているのか。
その影響はどこから来て、やがてどこへ向かうのでしょうか。
背景考察:「まるで、空気のように、水のように、私たちの生活に溶け込むウォッシュレット。」
この物語の主人公はTOTOの温水洗浄便座「ウォシュレット」です。
彼は日本ではもはや「なくてはならない」存在です。
実に日本の家庭では8割以上、オフィスや公共施設でも当たり前のように設置されているのですから。
しかし、ご存知でしょうか?
このウォシュレット、長らく米国市場では苦戦を強いられてきたのです。
数十年にわたり、「何それ?」「お尻を洗う?」と懐疑的な目で見られて来ました。
過去にはタイムズスクエアに大胆な「お尻の看板広告」を出せば大反発を招く始末です。
まさに「カルチャーショック」の壁に阻まれていました。
ところが、ここ数年で潮目が大きく変わります。
特に2020年、そう、あの新型コロナウイルスのパンデミックです。
全国的なロックダウンの中、何が起きたかご存知ですか?
それは――トイレットペーパー不足です。
まるで乾いた大地に恵みの雨が降るように、米国人は代替品を求め、ウォシュレットに殺到しました。
2020年の北米での売り上げは、前年比でほぼ倍増。
TOTOの米州住設事業の利益は、この5年でなんと8倍以上にもなりました。
さらに興味深いのは、このブームがトイレットペーパーの在庫が回復した後も続いていることです。
実は、大物セレブたちの間では愛用を公言して贈答品にすることがある種のステータスになりました。
または、有名人がNetflixの番組で「これが魔法の日本製トイレだ!」と熱く語ったりと。
かつては異端だった日本のトイレが、今や「最先端のライフスタイル」や「ステータスシンボル」として認識され始めています。
まるで、かつて「寿司」がそうであったように。
もう一つの大きな波は、訪日外国人観光客です。
日本を訪れた多くの人々が、ホテルやデパート、新幹線、さらにはTOTOミュージアムに足を運ぶ。
そこで、生まれて初めてウォシュレットを体験し、その快適さに度肝を抜かれていくのです。
「たいていの人は、体のその部分に水を噴射されることに慣れていませんからね。でも、北米のトイレがはるかに劣っていると気付くのに、そう時間はかかりませんでした。」
例えば、カナダの大学教授ライアン・グレゴリー氏の証言が象徴的です。
彼の自宅には、帰国後すぐに2台のウォシュレットが導入されたそうです。
ちなみにTOTOの調査によれば、訪日外国人の宿泊施設へのニーズ調査がとても興味深いものでした。
実は、「接客」に次いで「トイレ」が期待される要素の2位になっていたのです。
ウォシュレットが土産物としても人気というのは、まるで現代の「体験型おみやげ」とも言えるのではないでしょうか。
さて、ここで一つの疑問が浮かびませんか?
なぜ、日本でこれほどまでに「おしり」を洗う文化が浸透したのか。
そしてそれが、なぜ今、海外で爆発的に受け入れられ始めているのでしょうか?
単に製品が優れているだけでは、この現象は説明できません。
考えてみてください。
日本では、便座が温かく、水流の強さや角度、温度まで調整でき、用を足せば勝手に流れて、蓋まで自動で開閉するトイレが「当たり前」です。
しかし、これが海外の人々には「過剰」に見えることがあります。
なぜ、私たちはここまで「見えない部分」の快適さや清潔さにこだわるのでしょうか?
この物語の裏には、私たちの「身体」に対する意識、「清潔」という概念の根深さ。
そして「文化」が世界に浸透していく際の奇妙なロジックが絡み合っています。
一見、無関係に見えるこれら三つの要素が、実は密接に結びついていると考えることができるでしょう。
結論:
日本のトイレが示すこの現象は、単なる製品の成功物語ではありません。
それは、私たちが普段意識しない「身体感覚」の基準が、文化や技術によっていかに再構築されるか。
そして、一見「過剰」に見えるものが、特定の状況下でいかにして「普遍的な価値」へと転じるか。
という人間社会の深遠な変化を映し出しています。
さて、この「清潔の哲学」と「身体の自由」が交錯する物語の裏には、一体どんな「構造の物語」が潜んでいるのでしょうか?
そして、この変化は、私たちの人間心理や人間模様をどのように変えていくのでしょうか?
続きは中長期経営計画を一緒に作る会で、お話をさせて頂きます・・!!
用語解説
■ ウォシュレット(Washlet)
「温水で排泄後のお尻を洗浄する機能を持つ便座のこと。TOTOの登録商標だが、日本では温水洗浄便座全体の代名詞として使われることが多い。」
■ カルチャーショック(Culture Shock)
「異なる文化圏に触れた際に、戸惑いや不快感、不安などを感じる心理状態のこと。新しい文化に適応しようとする過程で起きる。」
■ ステータスシンボル(Status Symbol)
「個人の社会的地位や富、成功を示す象徴となるモノやブランドのこと。高級車やブランドバッグなどが典型例だが、ウォシュレットもそれに近い価値を持ち始めている。」
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