事例分析

【CASE59】感情の波に揺れる現代人へ捧ぐ──「涙を流すのは、誰のためか?」

問題提起

「病気の子どもが夢を叶える瞬間。捨て猫が人のぬくもりに安らぐ瞬間。」
なぜ私たちは、感動的な映像や物語にこれほどまでに心を揺さぶられるのでしょうか?
なぜ、SNSの「いいね!」一つで、あるいは誰かの悲痛な叫びに、まるで自分のことのように感情を揺さぶられるのでしょうか?

それは、私たちが「共感」という甘美な蜜を、どこまでも追い求めているからに他なりません。
しかし、この共感は、もしかすると私たちの思考を停止させる、見えない檻なのかもしれないのです。

想像してみてください。
もし、あなたの感情が、常に誰かによって「最適化」されていたとしたら?
もし、あなたが「幸福」と感じる感情も、「悲しい」と感じる感情も、すべてがアルゴリズムによって設計されたものだったとしたら?

それはまるで、私たち自身が、誰かの作った完璧な脚本の登場人物になってしまったかのようです。

そう考えると、ふと疑問がよぎります。
「私は、“感動したがっている”のか?」 もっと言えば、「誰のために、私は泣いているのだろう?」と。

私たちの涙は、いつからか“仕掛けられるもの”になった。
そして、その涙があまりに心地よいために、 私たちはその背後にあるものを見なくなってしまった。

それは未来の私たちにどのような影響を与えていくのでしょうか。

 


背景考察

「人を感動させてはならない。」
20世紀のドイツ、演劇の巨人・ベルトルト・ブレヒトは、そう断言しました。

彼が編み出した「異化効果」は、 舞台に観客を引き込むどころか、むしろ引き離すものでした。
そう、今のイマーシブ体験(没入)とは真逆のアプローチを志していたのです。

そして演者が役になりきることを拒み、照明はむき出しのまま、 物語の合間にはナレーションが挟まる。

その目的はただひとつ。
観客を“泣かせる”のではなく、“考えさせる”ためでした。

「劇場は思考の装置でなければならない」
──彼の放つこの言葉が、奇しくも現代に警鐘を鳴らしているように思えてなりません。

というのも、 SNSや映像、演劇、広告…すべてが“感動”を商品として扱うようになった今。
構造を思考する回路は、“感情の演出”によって短絡化されているからです。

ではここで、少しだけ数字と、私たちの身近な現象に目を向けてみましょう。
近年、感情認識AIという技術が急速に発展しています。
あなたの顔の表情、声のトーン、そしてSNSの投稿内容から、AIがあなたの感情を瞬時に読み取る技術です。

この技術の市場は、2028年にはなんと170億ドル(約25兆円)規模にまで成長すると予測されています。

では、これは何を意味するのでしょうか?
そう、あなたの感情が、もはやあなたの個人的なものではなく、「データ」として解析されると。
そしてビジネスの対象になっているということです。

例えば、あなたのスマホには、ストレスを軽減したり、瞑想を促したりする「整い系のアプリ」が入っていませんか?
これらのアプリは、2024年には世界中で2億人以上が利用すると言われています。
これは、現代人がいかに感情の「管理」を外部に委ねているかを示す、一つの証拠です。

確かに、心の安寧は大切です。
しかし、そこには「感情を最適化する」という、ある種の意図が潜んでいることを忘れてはなりません。

さらに記憶に新しいのは、2016年に世界を揺るがしたケンブリッジ・アナリティカ事件でしょう。
SNSの膨大なデータから人々の心理をプロファイリングし、政治的なキャンペーンに利用した事件です。
それは、私たちの感情が、いかに巧妙に操作され得るかという現実を突きつけました。

あれから10年。
空振りが起きているものの、近年の日本でも同様にSNSを中心に票を集める施策が一般化して来ています。
ある種、アメリカの10年後に日本でも一般化が進む良い事例と捉えることも出来そうですね。

さて、ここで一つ、ある矛盾が想起されます。
私たちは、より多くの情報に触れ、より多様な意見に触れることができるようになった。
そのはずなのに、なぜか社会の分断は深まり、建設的な議論は難しくなっている。

なぜなのでしょうか。

「泣くな。感動を売りたいなら、客を泣かせろ。お前が泣いてどうする。」
ある演劇学校の授業で、 演技指導の講師がこう言い放ちました。
あなたはこの言葉をどう捉えますか?

「泣いてはいけないのではない。泣く構造を知ってほしいんだ」と。
実は、その言葉は、演者に対する戒めの言葉だったのです。

もしかしたら私たちは、 “感動する自由”と引き換えにあるものを手放しているのかもしれません。
それは、“構造を知る自由”です。

 


結論

感動すること自体が悪なのではありません。
問題は、それが“誰かの設計”によってどれだけ都合よく流通し、都合よく消費されているかという点にあります。
そしてその設計は、意識しなければ見えないものです。

なぜベルトルト・ブレヒトは、観客を舞台に「没入」させることを拒んだのか。
なぜ彼は、あえて照明や字幕、ナレーションを駆使して、観客が感情移入するのを妨げ、「違和感」を与えたのか。

それは、観客に「これは劇なのだ」と意識させるためでした。
舞台に映る物語が、現実社会の縮図であることを気づかせ、その「構造」を批判的に思考させるためでした。

そう、彼にとって劇場は、「観客の思考装置」でなければならなかったのです。

「いい話だったね」で終わらせていいのだろうか。

このブレヒトの思想は、感情の波に揺れる現代の私たちに、一つの問いを投げかけます。
「あなたの日常という舞台で、あなたはただの観客でいるのか?それとも、その舞台の構造を問い直し、自ら動き出す主体となるのか?」

感情は尊いものです。
しかし、没入によって感情に“乗っ取られる”とき、私たちは“自分で考えること”を委ねてしまう。

すでに、感動の裏には、設計者がいる時代が来ています。
だからこそ、その意図を読み解くことこそ、現代人が新たに獲得すべきリテラシーなのではないでしょうか。

続きは中長期経営計画を一緒に作る会で、お話をさせて頂きます・・!!

 


用語解説

■感情認識AI:
人間の顔の表情、声のトーン、テキストの内容などから、その人がどんな感情(喜び、怒り、悲しみなど)を抱いているかを自動的に読み取るコンピュータープログラムのこと。例えば、あなたが話している時に、AIが「この人は今、少し不満を感じているな」と判断するような技術。

■ケンブリッジ・アナリティカ事件:
2018年に発覚した、イギリスのデータ分析会社ケンブリッジ・アナリティカが、Facebookユーザーの個人情報を不正に入手し、それを政治キャンペーン(特にアメリカ大統領選挙やイギリスのEU離脱国民投票)で有権者の心理を分析し、ターゲット広告を配信するために利用したとされる問題。私たちのデータが、知らない間に投票行動に影響を与えていたかもしれない、という点で大きな波紋を呼んだ。

■異化効果:
ドイツの劇作家ベルトルト・ブレヒトが提唱した演劇手法。観客が舞台の登場人物に感情移入して物語に没頭するのを防ぎ、あえて「これは芝居だ」と思い出させることで、現実社会の仕組みや問題を批判的に考えさせる狙いがある。例えば、舞台の途中でナレーションが入ったり、照明が急に明るくなったりする演出がこれにあたる。

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