事例分析

【CASE18】カスハラから考える経済活動の未来

今回は、「カスタマーハラスメント」の観点から、「経済活動」について考察していきます。


問題提起

厚生労働省の『令和2年度 職場のハラスメントに関する実態調査』によれば、カスタマーハラスメントが年々増加傾向にあります。
過去3年間のハラスメントの相談件数は、パワハラ、セクハラに続き、カスハラが3番目の多さであると。
また過去3年間のハラスメント件数の傾向を見ると、カスハラのみが増加傾向にあると。

社内のハラスメントについては、意識を変えることで対策が出来るのに対して、カスハラは顧客によるものです。
そのため、対策に苦しんでいる会社が多いことが想像できます。

しかし企業に及ぼす影響は決して小さくありません。
従業員にとっては、日々の業務のパフォーマンス・モチベーションの低下に繋がります。
そしてうつ病などのメンタル疾患を発症するきっかけにもなり、休職や退職の増加に拍車をかけることでしょう。

カスハラが増える昨今の影響は、未来の私たちにどのような変化をもたらすのでしょうか。


背景考察

「効率性・効果性・合理性を求める企業にとって、該当顧客への対応の時間は明らかなロスだ。」
時に、正常な業務が行えないほどのダメージを与えるカスハラは、別の顧客や取引先にとっても悪影響を及ぼすことから、連鎖的な問題を生み出します。
そのため経営者の視点からすれば、その場しのぎでそれとなく流してしまえという考え方を持ちたくなるものです。

しかし近年、一期一会の関係のようにキレイに終わらないケースが増えて来ました。
そう、SNSの普及です。

「◯◯店の▲▲という店員の◆◆の際の対応が非常に不愉快でした。◯◯店のことを思ってお伝えしますが、即刻辞めさせたほうが良いかと思います。」
ネガティブなコメントが個人名と共にSNSやレビューサイト、Googleマップに挙げられて、拡散される事案が増えています。
しかも罵詈雑言を投げるだけならまだしも、巧妙にファンを装って社内の絆にヒビを入れるような愉快犯も登場しています。

実際その対応如何によっては、ブラック企業認定されてイメージの低下に繋がっていきます。
しかも表面上のイメージ低下だけならまだしも、炎上のレベルまで行けば企業が安全配慮義務違反に問われるケースもあります。

「接客業はカスハラの巣窟。」
接客業はその業務の性質上、顧客と触れ合う機会が多い分カスハラ行為に遭う可能性が高いとされています。
例えばスーパーやアパレルなどの小売業や、レストランや居酒屋、ホテルは特に多いと。

「人は目を見ると言葉を選び、血を見ると態度を選ぶ。」
また、接客業だけではなく、業界を問わず「カスタマーサポート」の仕事をしている人もカスハラに悩まされることが多いです。
電話越しだと相手の顔も姿も心も見えないため、口調が粗くなり態度が横柄になる傾向にあります。
それは、私も以前、コールセンターの経験がありますので身を持って実感していることです。

では、カスハラのような迷惑行為はどこの国でも起きているようですが、なぜ日本はこれほどエスカレートしてしまうのでしょうか。
その1つの理由に、日本の消費者サービスに対する期待値が高いというものがあります。

「お客さまは神さまだ。」
高級小売店の店員は店を出る客をお辞儀して見送り、ウェイター、バリスタ、ホテル従業員は接客対応時に尊称を用いるように。
「おもてなし」という、お客様をもてなす伝統を謳うことが期待値を上げる一方で、期待を裏切られたときの反動も大きくなるのだと。

では実際にカスハラに直面した時に備えて、企業は対策や対応マニュアルは作られているのでしょうか。
『カスタマーハラスメント実態調査(2023年)』によれば、直近1年間でカスハラを受けたことがある担当者は64.5%、研修実施は9.4%、マニュアル未策定は68.1%だそうです。
そう、つまり約30%の企業はマニュアルが無く、約90%の企業は対策研修もされていないということです。

さらに言えば、未作成企業の約50%は「作成されておらず作成予定もない」と回答しており、企業はカスハラに対する対応に踏み切れていない可能性があります。
人手不足が騒がれていながら退職代行が流行になり離職しやすい環境が出来上がりつつある中で、カスハラ対策の優先度は高いはず。
にも関わらずこれはどういうことなのでしょうか。

「パターナリズムのバリアーを解く労力を考えれば、我々は大人しく従った方がいい。」
そこには、企業の怠慢や重荷を従業員に押し付けているという単純な言葉では片付けられない倫理的な制約が絡んでいることが想起出来ます。
言い換えれば、やらないのではなく、やれないということです。

例えば、いじめというのは受けている側が声を挙げなければ把握が出来ないものです。
そこで第三者は、「いじめの声を拾えていない周囲に問題がある、大人(教員)の努力不足だ!」と迫る訳です。
しかし、本当のいじめとは関係性と不可分であり、当人が声を挙げることで事態がさらに悪化するために、意識的に声を挙げていないのです。

つまり、言えないし言わない理由があるために、秘匿されてしまう。
だから実態が把握できないという特徴があります。

そう、介護業界や福祉従事者もカスハラで疲弊しています。
誰でも出来る職ではなく、専門的知識や技術が必要で人手も不足している。
でも公にカスハラ対策をやっていますとは言えない理由があります。

なぜなら、法律と世論がお客様である高齢者や利用者は弱者だと認めているからです。
弱者の権利を擁護しろと。
次いで言えば、高齢者や患者だけでなく、弱者でもなんでもないその家族さえもパターナリズムのベールに包まれてしまう。

そんな中で、公然とカスタマーハラスメント対策をしていることが世間に知られれば何が起きるか。
「まさか、私がカスハラな訳ない。」と無自覚になるか、「私をクレーマー呼ばわりするなど許せない!!」と意識的に炎上させようとするでしょう。
それもそのはずで、みなそれぞれが正義の御旗を掲げてカスハラをしているからです。

サービス業。
私はこの言葉を罪深いものだと捉えています。

サービス業に括られる飲食店やホテル、スーパーやアパレル、介護職。
そこで働く人たちに聞いてみたいですが、誰も「サービス」を提供していると考えていないのではないでしょうか。
それは、本業に付随する付加価値の1つであって、全てではないと思っています。

「サービス業は、サービスをするからサービス業なんでしょ?だからサービスするのは当然でしょ。」
しかし、多様性を勝手に「ワガママ」と読み替えてしまう現代において、おもてなしを始めとする広告の素晴らしい謳い文句が行間を読み取れない人を勘違いさせています。
個性の尊重も多様性の尊重も、少数のワガママで声の大きな人たちの横車を押す手段のためにあるのでは無いはずです。

「お客様は神様で、太客が正義で、インフルエンサーが融通を利かすような制度は、その他の顧客を錯覚させているのではないか?」
極端なことを言えば、法第12条の誇大広告等の禁止について、SNS界隈の取り締まりが強化されていますが、別の側面から解釈しても良いのではないかと思ってしまいます。
なぜなら特定商取引法とは、誇大広告や著しく事実と相違する内容の広告による消費者トラブルを未然に防止するためのものだと説明されているからです。

 「実際のものよりも著しく優良であり、若しくは有利であると人を誤認させるような表示」を禁止するのであれば、おもてなしの定義と基準を明記しないことが問題ではないかと。
接客は過剰なサービスとなり、モノを作ればオーバークオリティになって、気付けばいつしかガラパゴス化している。

2023年5月、那須塩原温泉の日本旅館に、チェックイン時間の30分前に到着した客がいた。
彼らは「午後3時まで車のなかでお待ちください」との掲示を見て、「早くきたのに部屋のキーを受け取れない理由を説明しろ」と従業員に詰め寄った。
客はたちまち激昂し、大声を上げた。
防犯カメラはその一部始終を捉えていた。
最後は旅館の若旦那が出てきて、旅館前の舗道上にひざまずき、深くお辞儀して詫びた。

ガラパゴス化した中で、カスハラに耐える従業員が顧客の立場になったら、その溜め込んだストレスを解消するために他の業界業種で働く人にぶちまける。
至極当然のように因果応報が起きているように見えます。

袖すり合うも他生の縁。
その言葉がすでに通用しない世の中になりつつあります。

レビューやランキングを見ないと真贋が見分けられない消費者たち。
自分が美味しいと感じる心よりも、著名人が美味しいと感じるものを美味しいと感じる人間たち。
毅然とした態度を取ったら取ったで、英雄気取りで自慢してしまう人たち。

従業員を追い詰めているのはカスハラ当事者だけではありません。
それに黙って耐えろという姿勢の会社にもあります。
インターネットは情報の循環だけでなく、シャーデンフロイデの循環も引き起こしてしまっている。

この流れを断ち切るためにどうすべきかをもっと真剣に考えるべきだなと。
そんなことを考えました。


結論

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コメント

  1. 近藤

    思いやりのない顧客と、顧客を思いやりないものにしてしまう思いやりのない接客、うちにも改善が求められているものですしここは興味あります。

  2. 古澤泰明

    カスハラの激化のひとつの原因としてIT技術の発達による「相手と(直接)コミュニケーションを取る機会の減少」があるのではないかとふと考えました
    ITを使用した安易なコミュニケーションが普及したため、人と人との深い関係が築けない、人を思いやる方法が分からない、自分中心でそもそもそういった発想が持てないという人が増えたのではないか?と危惧しています。また、それゆえに「自分が確立できない」のではないか?
    日本特有の部分もあるかもしれたせんが、ある意味社会や世の中の流れなので、現時点で私が考える解決策として
    1.それを前提としたマニュアルや教育が必要である
    2.顧客や接客の意識のコペルニクス的転換
    (よいかわるいかは別として昨今の労働者不足により自然とそうなるかもしれないとも思います)
    3.サービスを顧客側、提供側の両面評価する第三者機関の設置
    様々な判例を持つ裁判所のような機関があったらどうか?

    改めて考えると今後、カスハラはさらに大きな問題になる可能性がありますね

  3. 星屑のかけら

    ブログ上ではお久しぶりです!本日のブログも楽しく拝見いたしました。
    カスタマーハラスメント(以下カスハラ)は大問題ですよね。というのが率直な感想です。

    若輩者の私からは、すべての仕事は接客業の要素が含まれているように見えます。
    営業さんは言わずもがな。事務職のかたも自身の業務を円滑に進めるために”社内の人を相手とした”営業(私はこれを社内営業と捉えています。)を行っていますし、人と話さないイメージのあるプログラマーですら要望書を受け取る時点で接客が発生すると考えています。
    ということは、カスハラとはToCの方のみが相対するものではなく、サラリーマンも自営業主も社会人全員が対象となりうるものなのではないでしょうか。

    このカスハラが発生するのは、『前提の違い』によるのではないかと考えます。
    『あの人ならこういうと思ったのに。』と期待が裏切られるから不満に発展し、
    『責任転換に聞こえる受け答えが気に入らない』と不満がクレームに発展し、
    『私からこれだけ言っているのに応じてくれない』とクレームがカスハラに発展するのかと思います。

    じゃあ、解決法は。と考えると、それぞれの前提を共有する。がひとつの解決法になるかと思います。
    ただ、それぞれの立場によって前提は違うし、当たり前のことだと思っているからこそ前提。ということは、前提を伝えるってなかなかにハードルが高いのだと思います。
    企業側からカスハラを防止するのであれば、クレームに発展しそうな場合には〇〇点の前提情報を誠実に伝え、相手の前提を聞きだす。といったマニュアルやトークスクリプトに落とし込み周知する。が手っ取り早く効果的な気がします。

    カスハラは(私の考えをベースにすると)社会人全員に起こるうるものです。
    同時に、セクハラやパワハラへの意識はあっても、カスハラへの意識がある顧客は多くないはずです。
    倫理観や道徳観といった言葉は抽象的でも、それこそが日本という国を作り上げていると思いますし、生きていくうえで常に大切になってくるのだと感じました。
    (今世間では、小学校の道徳の授業は要らないんじゃないか。という声が上がっているそうですが、幼いころに答えのない・正解のない事柄を考えるのは肝要だなと連想しました。)

  4. 伊原健介

    接客業をやっていた際の、その頃の師匠的存在の方が「クレームはチャンスの塊だ。」という言葉を思い出しました。
    しかし、これがいきすぎてしまった結果は見えていて、店側の無理が生じるだけでなく、今回のカスハラに当たる方は余計にハラスメントを激化してしまう可能もあるのかなと。
    全ての人の意識や心がけが試される内容で、資本主義化で対人を避けられない業界でもあるので、店側が顧客を選ぶという時代についてはとても興味深い内容です。

  5. 寺谷

    法律が企業よりも消費者を守るためのものが多いが、その結果カスハラのように消費者が権利と力を誤認してマウントを取る現状は企業にとって厳しいのでここを改善するためにどのように動いていくかについて非常に興味があります。

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