事例分析

【CASE36】ペットの家族化から考える、愛が生む境界

問題提起

犬用ベビーカーの売れ行きが、子供用のベビーカーを上回った。
韓国の英字紙「コリア・タイムズ」が報じた韓国農業食品農村省のデータによると、
ペットを飼う世帯は、2012〜2023年にかけて350万世帯から600万世帯に増加している。
2023年の集計では登録されている犬の頭数が過去最高となり、2018年と比較すると2倍以上に増えている。
―クーリエ・ジャポン―

「20〜49歳までの韓国人女性の2人に1人が、経済的制約を理由に、子供を産むつもりはないと答えている。」
ソウルの繁華街を歩けば、犬を乗せたベビーカーが日常風景として目に飛び込んでくる。
人々は当然のようにそれを受け入れ、むしろ微笑ましく眺めている。

しかし、この光景の背後には、韓国社会が抱える深刻な問題が潜んでいます。

それは、2023年の出生率0.72という驚異的な低さ。
そして、子供の誕生よりもペットの飼育が優先される現実。
それらは、「家族」という概念が、これまでの人間中心主義から大きく揺さぶられている兆候ではないでしょうか。

「ペット用ベビーカーの売上が子供用を上回った。」
この事実は、単なる消費傾向の変化ではなく、社会の価値観が根本から変わりつつあることを示していると言えるでしょう。

果たして、ペットが「新たな家族」として位置づけられることは、人類にとって進化なのか、
それとも退化なのか。

その問いは、私たちの心をざわつかせると共に、これからの私たちにどのような影響を与えていくのでしょうか。


背景考察

彼女たちは、「結婚離れ」という大きなトレンドの急先鋒だ。
ある試算によると、現在30代半ばから後半にある韓国人のうち、男性の3分の1以上、女性の4分の1が生涯独身のままだという。
それを上回る数の男女が、一生子供を持つことはないと思われる。
1960年には、韓国人女性は1人当たり平均6人の子供を産んでいた。
だが、2022年の韓国人女性1人が生涯に産む子供の数は、わずか0.78人となる見込みだ。
ソウルの出生率に至っては0.59人だ。
このまま下降線を辿れば、ソウルの女性の2人に1人が親にならないという日も、そう遠くはなさそうだ。
―クーリエ・ジャポン―

「かつて、家族は人間の社会生活の中核であり、子どもはその象徴だった。」
しかし、経済的な負担、長時間労働、競争社会の圧力にさらされた若者たちにとって、子供を持つことは「幸福」ではなく「負担」として映るようになりました。

韓国では20〜49歳の女性の約半数が、経済的理由で子供を産まないと答えています。
この状況下においては、ペットが「代替家族」として台頭して来るのは自然の成り行きとも言えるでしょう。

韓国最大のオンライン小売業者「Gマーケット」の調査では、ペット用ベビーカーの売上は過去数年で急増中。
冷暖房機能や季節限定モデルを備えた高級商品も登場し、その価格は10万円を超えるものも珍しくないそうで。
そして今や「エアバギー」というブランドが、犬用ベビーカー界の「メルセデス・ベンツ」として一世を風靡しています。

こうした「犬用ラグジュアリー市場」の拡大は、消費文化の一端を映し出しているだけでなく、家族像の変容を象徴しています。

また、「負担のない家庭の形」として、ペットを選ぶという選択肢。
それは、かつて子供を持つことに付随していた「未来を紡ぐ責任」からの逃避とも捉えられる現象です。

しかしながら、韓国で起きている現象を我々日本人は対岸の火事と捉えてはいけません。
いずれ、この流れが日本にも訪れるのですから。

すでに韓国の都市部ではペットカフェや専用エリアが急増し、人々はペットとの時間を「家族の絆」の代替としつつあります。
この一連の現象について、韓国の農業食品農村省は「ペットの子ども化現象」と呼び、これは社会の新たな危機か、それとも挑戦なのかで議論が分かれています。

では、もしこの流れが加速した場合。
「新しい家族」の形は、未来の社会にどのような変化をもたらすのでしょうか。

「昨今のAIブームが、ペットブームと融合するのは時間の問題だ。」
その界隈の先駆けとなったものの1つに、イグノーベル賞平和賞にも輝いた『バウリンガル』があります。
それは、株式会社タカラトミー、株式会社インデックス、日本音響研究所の鈴木松美氏が共同開発した、犬とのコミュニケーションツールです。
具体的には、犬の声紋を6つの感情(楽しい・悲しい・フラストレーション・威嚇・要求・自己表現)に分析し、分析結果を日本語に翻訳出来ると。

つまり、AIを使いこなすことで、人間はペットと感情的・知的な共感を共有することが出来る時代が訪れるということです。

そんな未来の都市空間は、ペットとAIロボットが主役となり、貧困に追われた人間はその背景に押しやられるのではないかという疑念すら浮かんできます。
感情的・知的な共感が共有されればされるほど、ペットという存在の意味は単なる癒し以上のものへと押し上げられるでしょう。

「もしもペットが家族の一員として認められる法的整備が進めば、出生率低下による労働力不足という国家的危機との相克は避けられない。」
例えば、ソウルの高級カフェやレストランでは、「ノーキッズゾーン」という言葉がもはや一般的になりつつあります。
これは、ペットを連れた客を歓迎する一方で、子供連れの家族を排除する現象を指します。

「温和な日本でそんなことありえない!」と思うかもしれませんが、日本でもカフェを中心に「ペット同伴者優先席」が増えています。

「子ども連れが増えるなら行かない」「特定の人だけを優遇するのはよくない」「一人客が利用しづらくなる」
また例えば、スープ専門店のスープストックトーキョーは、赤ちゃん連れの客に離乳食を無償提供すると表明して炎上したことは記憶に新しいです。

こうした現象は、端的に言えば子供を持つ家庭が不平等に扱われるため、新たなヘイト・不満を生み出す温床になります。
事実、それ以降SNSを中心に「おひとり様」「子持ち様」が罵り合う光景が度々散見されています。

果たして、ペットを優先する空間設計は社会的に正当化されるべきなのでしょうか。
あなたはどう思いますか?

では近い将来、あるソウルの人気カフェチェーンが、ペット連れ専用席を拡大する一方で、「子ども連れお断り」のルールを強化したとしましょう。
その決定は、当然ながらペットを「家族」と捉える一部の顧客から絶賛されたが、同時に子ども連れの親たちからは強い抗議を受けましたと。

しかしながら、店側の経済的な事情を考えた場合、はっきり言って顧客単価はペット連れ客です。
そのため、ペット向けの高級サービス、AIケアロボット、ペット専用空間の整備が、経済成長を支える柱と認知されていく。
つまり都市部では、ペット向けのショッピングモールやスパが建設され、犬用のヨガ教室や心理カウンセリングといったユニークなサービスも提供されていくと。

そしてペット関連産業が拡大する一方で、育児支援のための公共資源が削減され、「子供を持たない自由」が新しい標準として受け入れられる風潮が広がっていく。

「待て、そいつは人間ではない。家族ではない、目を覚ませ。もはやペットは人間社会に巣食う寄生虫だぞ。」
すると次第に、「いつも家族と一緒。」という名目で設置されたノーキッズゾーンが、公共空間の公平性を侵害しているとの主張が出て来ると考えられます。
その一方で、ペットを持つ家庭からは、「子ども連れの騒音やマナー違反は、家族にも社会にも企業にも迷惑な存在だ。」との反論も出て来るでしょう。

「ペットを人間と同列に扱い認めるべきなのか? その権利は子どもや親の権利とどう調和するべきなのか?」
聞き分けの良さや躾の責任についてペット飼育者と子供を持つ親との間に深刻な対立が起きた時。
それは、根本的な問いを私たちに投げかけるきっかけに発展していくでしょう。

「子どもの責任が親に及ぶことがネガティブに受け止められる限り、少子化は止まらないだろう。」
すでに、隣人の顔も名前も分からない都市部においては、社会で子どもを見守るという発想が古きものとされつつあります。
追い打ちを掛けるように、ノーキッズゾーンが都市空間に拡大することで、「子どもは親が責任を持って育てるべきだ。」という暗黙の社会規範を強化していく可能性があります。

すると、ペットが家族と認められてもそうでなくても、いずれにせよ伝統的な家庭観がますます追いやられる状況が浮き彫りになっていくでしょう。

さらに、カルテルや圧力団体の影響と世論の意向次第ですが、もしもペットを家族の一員として法的に認める議論が開始された場合。
いずれ政府側は、ペットを便宜上は子どもと同じ括りとして経済参加をする主体とみなす代わりに「ペット保有税」を規定するかもしれません。

つまり、それは、あくまで人間の出生率の向上を目指すために、ペット飼育者への経済的負担を増やすことが狙いとなる取り組みです。

しかし、ペットを飼うことで得られる精神的な安定や社会的交流の価値を無視する形で課税が進めば、必ず不平等に対する反論が起きます。
すると代替案として、独身税(子どもを持たずペットも持たない家庭)に対して最も重い経済的負担を課す可能性も想定されるでしょう。

或いは、ペット保有税の反動を緩和するために、「小動物恩返し給付金」という政策構想が登場するでしょう。
それは、「ペットが隣にいることで、高齢者の社会的孤立を防ぐ手段になる。」という建前で、ペット同伴家庭に限り補助金/支援金が受け取れる仕組みです。
なぜなら、この政策が実現すれば、ペットが家族の一員として認められるだけでなく、社会福祉と財源において重要な役割を担う可能性が見込めるからです。

とはいえ、同時にブローカーと違法な繁殖促進施設など、生活保護の不正受給に代わる新たな闇ビジネスと悪人が創出されていくことが想定されるでしょう。

そしてこのようなノーキッズゾーンやペット税導入といった一連の現象が浮き彫りにしていくもの。
それは、ペットと子供の権利が相互に矛盾する可能性についてです。

例えば、ペットが「代替家族」として受け入れられる一方で、子供を持つ家庭が不利な立場に追いやられる現実が進めば、社会の分断が深まる可能性があります。
というより、もっと端的に言えば、これまでの常識が適用されない些か歪な社会になっていくと考えられるでしょう。

私たちは今、かつて想像すらできなかった家族観の岐路に立たされています。

ペット用ベビーカーが子供用ベビーカーの売上を超えたという現象は、単なる消費トレンドではありません。
それは、私たちが抱える孤独、家族観の再定義、そして社会的分断の象徴でもあります。

ペットとAIが生む「新しい家族像」が、幸福をもたらす未来の礎となるのか、それとも人間関係を解体する起爆剤となるのか。
その答えを探すのは、私たち一人ひとりの価値観と選択に懸かっているなと。

そんなことを考えさせられました。


結論

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コメント

  1. 古澤 泰明

    今回の記事はこれから訪れるであろう大きな社会変化の事例だと感じました
    少子高齢化が進む先進国で子供が少なくなり、ペットの方が数が多くなり、一大産業となる。「儲からなければ誰もやらない」のが基本の資本主義社会ではますます子供相手の産業やサービスが衰退していくと予想します
    特に日本でも単身世帯数が家族世帯の数を上回ってくるタイミングで上記のことが顕著になるのではないか?(もうすでに上回っているのか?)
    ペットの家族化、dinksのような生き方、独身者の増加など家族制度が疲弊しているのは間違いないが、これは滅亡へ続く道なのか?
    将来的にはペットやロボットにも人権?が認められ新しい共生社会ができるとしても、その時に人間が中心にいるのか?いないのか?定かでは無い

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