事例分析

【CASE12】シェア型書店からみた考察

今回は、新たな書店の形として注目されている「シェア型書店」について考察していきます。


問題提起

かつて出版物はリアルの書店で購入するのが当たり前でしたが、今ではコンビニやインターネット経由で調達することも当たり前の話となりました。
また今や同じ本という括りの中に、電子書籍のような電子出版物も参入していて同じく当たり前になりつつあります。

そんな中、リアル書店とインターネット経由の出版物売上に変化が生じました。
2022年、初めてリアルよりもネットで本が売れる時代が到来したのです。

「本は書店で吟味して買う時代から、書店で味見してネットで買う時代へ。」
家電量販店と類似するこの現象は、どこで買うかが覆された結果と考えることも出来るでしょう。

「どこで買うかよりも、誰から買うか。」
そんな中、今、「シェア型書店(コミュニティ書店)」が各地に広がり始めています。

シェア型書店とは、複数の棚や区画を複数の棚主がそれぞれ企画、編集、出品し、1つの書店を棚主みんなで運営する形の書店です。
通常棚主は出店料と販売した本1冊につき固定の手数料を費用として負担し、費用を除いた利益を受け取ります。
店舗の運営を1日店長の形で棚主に任せる店舗も多く、その日は店長が自身の趣味やカラーを出して店舗を運営できます。

つまり、書店の棚を借りて「棚主」になれば、好きな本を並べて自分だけの世界を演出する。
副業として見れば決して実入りが良いとは言えないという声もありますが、棚主と客の交流に価値を見出す新たな書店の形として注目されています。

この変化は未来の私たちにどのような変化を与えようとしているのでしょうか。


背景考察

「人類の歴史は、所有権を巡る歴史とも言えるのではないでしょうか。」
古今東西、人間が戦争をする理由を一言で言えば、それは資源を獲得するためです。
もっと言えば、新たな何かを所有するために人は争っています。

ロック、ルソー、モンテスキューがなぜ歴史で重要な人物だと称されるのか。
それは、個人が財産(資産や資源)を所有する権利を確立したからです。
そして今日の私たちの主要な関心事は、「所有量を増やすこと」になりました。

「自分が『これいいよ』と勧めた本がきっかけで、人々がつながっていく姿を見ると嬉しい。」
こうした中で、シェア型書店のビジネスモデルは、資本主義的な発想を超えた新しい価値観を反映していると考えられます。
それは、ただ書店業界×シェアリングエコノミーだから新しくて面白いという意味ではありません。

私とあなたの関係性から、あなたと誰かを繋ぐ私という関係性になっている点が面白いのです。
つまり、私という行為主体が一歩引いた目線になっているということです。
それはまるで、自分がプラットフォーム化しているような感覚を与えているようにも感じられる現象だと思います。

そもそもシェアリングエコノミーは、ピア・ツー・ピア(P2P)の経済モデルで、物品やサービスの共有を促進するものです。
つまり、全国どこでも誰でも共有することで収益が生まれるモデルだということです。

またその特徴は、分かち合いを通じて「ノンゼロサムゲーム」を展開することにあります。
ある人が勝つと他の誰かが必ず負けるゼロサムゲームとは異なり、ノンゼロサムゲームでは参加者全員が利益を得ることが可能です。

「奪い合えば足らぬ、分け合えば余る。」
詩人の相田みつをさんが残した言葉は、シェアリングエコノミーの本質を示していると言えるでしょう。

そして、この仕組みを実現するための基盤がデジタルプラットフォームにあります。
しかし現在、シェアリングエコノミーは2つの課題を抱え始めています。

1つは、プラットフォーム内のバイアスです。
オンラインプラットフォーム上での情報共有は、時として人種や性別によるバイアスを生む可能性があります。
これは、ユーザーが誰とシェアするかを選ぶ際に発生する直接的なバイアスや、アルゴリズムによる統計的差別の形で現れることがあります。

「外国人は貸出禁止です。」
例えばその理由は民度や倫理観が違うからであり、それは差別ではなく、より良いサービスを提供し続けるための区別なのだと。
しかしこうしたバイアスがランキングに反映されれば、統計的な差別に発展して公平性が損なわれるリスクに繋がると考えられるでしょう。

もう一つは、共有よりも利益が重視されていく点です。
シェアリングエコノミーの多くのサービスが成長するにつれて、当初の「共有」の理念から離れて、ビジネスに変わりつつあります。

「シェアリングエコノミーは、個々の資源を最大限に活用することで、資源の浪費を減らすことが価値だったのではないか?」
例えば、Airbnbは元々ホストが自宅の空き部屋を貸し出すことを奨励していましたが、現在では選ばれるための魅力的な住宅が狙って建てられて運営されています。
その結果、地価上昇と家賃の高騰による富裕層に恩恵のある投資ビジネスに変化しつつあります。

「なぜ儲け話を他人に教えたがるのか?」
怪しい投資の話や勧誘の営業トークを聞いて、このように疑問を持ったことがある人は多いでしょう。
しかし、改めてこの感覚に思いを馳せてみると、新たな視点が浮かび上がることに気付きます。

競争社会において、優位に立つための手段や手法を共有することは、自分の立場を危うくする可能性があります。
言い換えれば、マジックの種明かしや伝統工芸のノウハウを教えることは、独自性を失うリスクを伴うということです。

そう、ノウハウやアイディアをシェアすることに対する懸念は、自分の独自性が失われることにあります。
しかし一方で、なぜノウハウやアイディアを分かち合う人の方が成功すると言われるのでしょうか?

そこに知性の面白さがあります。

「すべての情報は共有し並列化されることによって単一性を失い、動機なき他者の意思、あるいは動機ある他者の意思に内包される。」
シェアリングを促進させて全ての人間が同じ情報を保有すると、個体差が失われて一つの大きな存在の一部になってしまう可能性が考えられます。
例えば、記憶や経験を共有すると、「私」や「あなた」という区別は無くなり、全体が一つの「個体」になるということです。

攻殻機動隊S.A.Cの作中において、そうならないため(各自が個性を失って同化しないため)の処方箋は「好奇心を絶やさないこと」でした。
おそらく当時は神山健治監督も大澤真幸さんもそう捉えていたことでしょう。

しかし、私たちが情報を3次元で捉えていると考えれば、その解釈を一歩進めることが出来ます。

情報を記号の粒子で捉えると、情報は1点であり、各点をシェアして繋げると線となり普遍的な意味を持ち始めます。
例えば、「今日」「株式会社WSense」「ブログ」「更新」「あなた」「見る」が連関すれば線となって文が生成されます。
そして0と1で構成されるデータの世界は二次元なので、情報は線形で保存されていきます。

しかしここで一緒に考えて頂きたいことがあります。
それは、よく考えてみれば、人間は線になった情報を面として捉えている可能性についてです。
つまり、2点の線に対して、3点目の奥行きを見出す座標点を自分で捉えた時、そこに解釈という意味付けが行われるということです。

だとすると、シェアリングの醍醐味は、情報を共有することではなく、盲点を得るために必要なのだと解釈出来ると思いませんか?

盲点をシェアするためのコツは、言葉にならないものを言葉にすることです。
例えば、凄さや体験を言語化すること。

自分の五感で得た感性を言語にすることで、自分にしかない視点を獲得できます。
つまり、盲点を共有するとは、なぜ自分がそう考えたのか、なぜ自分がそれをそう捉えたのかを共有することに他なりません

しかしながら、自分で体験したことを自分の言葉で語ることは簡単ではありません。
語彙力が必須ですし、サピア・ウォーフの仮説のように言語によって思考が変わるという現象もあります。

現在のシェアリングエコノミーは情報を共有するためにあり、より深い奥行き(盲点)のシェアにはまだ到達していないと考えます。
しかしもしもこの先、言葉を情報粒子と捉えた場合、そこに重みと深さが存在しているという認識が当たり前になるでしょう。

すると「誰が、何を言ったのか。」ではなく、「なぜ言ったのか。」に注目が集まります。
なぜなら、コミュニケーションとは、お互いをより善く高め合うためにあるからです。

つまり、デマゴーグと衆愚政治を回避するための知性として、お互いをより高める術が求められると。
それがすなわち、盲点を共有して面で捉えることであり、それが齟齬の無いコミュニケーションを実現するということです。

だとするならば、その時シェアリングエコノミーはペアリングエコノミーの時代に切り替わるかもしれません。

「情報はインプットするだけでなく、アウトプットして初めて自分の知識となる。」
これは、あくまで自分という主体にまつわる考え方であり、私とあなたの関係性に留まるものです。

前段で、シェア型書店は、あなたと誰かを繋ぐ私という関係性になっている点が面白いとお伝えさせて頂きました。
それは、私という行為主体が一歩引いた目線になり、自分がプラットフォーム化することです。

つまり、ペアリングエコノミーとは「あなたと誰かの盲点」を第三の行為主体が「見出す」ことで生まれる経済のことです。
それは例えば、人工知能があなたの検索履歴に応じたレコメンドをする以上のものになるでしょう。
つまり、あなたと何かに結節点を生み出す(に気付かせる)限りなく身近で透明なプラットフォームが出現するということです。

そこでは情報が双方向的になります。
双方向的な学び(気付かせ合う学び)は、シェアリングエデュケーション(ペアリングエデュケーション)という新たに領域となるでしょう。

シェア型書店は新たな可能性を教えてくれていると思いました。


結論

 

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

CAPTCHA