「地域コミュニティの現状を見ると、特に自治会等の活動の持続可能性にはデジタル化の必要性があると考えています。しかしデジタルの管理保存方法や役割分担が進まない、それにデジタルであるべき理由が浸透されていないのが実態です。」
自治体と連携したカフェスペースを展開されている方とお話をした際に、地域活動の未来について考えさせられました。
■「これからは地域活動をデジタル化していくべきだ。」
- 意見1: 効率化と新たなサービス提供の可能性を探せる。
- 意見2: 若い世代の参加促進と地域活動への新しいアプローチが出来る。
- 意見3: 感染症対策として非対面活動が重要になると思う。
■「伝統的な地域活動を守るべきだ。」
- 意見1: 高齢者などデジタル機器の利用が低い層を切り捨てるな。
- 意見2: 地域の伝統と文化の維持はアナログだから出来る。
- 意見3: 対面でのコミュニケーションによる地域の結束強化が重要だ。
時代に迎合してデジタル化を推進していくべきか、それとも伝統的な価値や歴史をアナログで継承していくことに意義を見出すべきか。
あなたはどう思いますか?
■地域活動デジタル化の推進
- 目的: 地域活動の効率化とアクセシビリティの向上
- 建前: すべての世代に対応する包括的なコミュニティの構築
- 本音: デジタル化によるコスト削減と管理の簡素化
- 信条: デジタル技術を活用して地域社会を革新する
■伝統的な地域活動の維持
- 目的: 地域の伝統と文化の維持
- 建前: 地域コミュニティの結束と相互支援の強化
- 本音: 既存の地域活動の継続と安定性の確保
- 信条: 対面での交流と共有体験を通じた地域の絆の強化
では、ここで一緒に考えて頂きたいことがあります。
「街の歴史や伝統といったものはどうすれば継承出来るのでしょうか。」
あなたはどう思いますか?
■理想と現実の間
多くの自治会にとって、これまでの歴史を残すことは目下最優先の検討事項です。
いやもっと広く見れば、ロータリークラブやライオンズクラブなど地元の名士が集まる組織さえも同様の課題を抱えています。
「どうすれば若き担い手が参画してくれるのだろうか?」
もしかしたら人的資源に頼っていても上手く行かないのではないか。
そう考え始めた組織からデジタル化によって門戸を広げる発想を取り入れる方向に進んでいます。
「シビックプライドという無形資産はどうやって継承出来るのだろうか。」
シビックプライドとは、地域や自治体に対する住民の誇りや愛着、そして地域社会に貢献する意識を指す言葉です。
善き街づくり研究の結論のほとんどに、シビックプライドという概念は非常に重要なピースとされています。
これはアナログでしか実現出来ないのか、それともデジタルで可能なのか。
未だ結論が出ていない領域です。
今回、デジタル化とは何を意味しているのかを考えさせられました。
その結論は、断続的な体験(シームレスに集約される)を提供するものなのではないかと。
つまり、それは、間に介在するものを除外していくことが、デジタル化の最大の特徴なのだということです。
もしそうだとするならば、アナログの善いところは継ぎ目に着眼出来ることです。
間に介在した何者かが付加した生の感情を捉えることは、デジタル化されたデータでは見えて来ないものです。
「文化はデータ化出来るのだろうか?」
地域の歴史と伝統をどう残していくのかを検討する上で、この問いは避けられません。
もしも文化はデータ化出来ないのだとした場合、限りある時間の中でどの文化をどこまで何に残すべきかを決断する必要があります。
もしくは、生の感情という介在価値をデジタルで再現出来るかどうか。
例えば、デジタルツイン技術の賜物を老若男女がボタン1つで体験できるような状態が作れたら変わるかもしれません。
2023年はブロックチェーン技術が普及したこともあって、地域内仮想通貨を検討した企業が増えました。
ローカル通貨を普及させることで既存の経済圏に頼らない独立経済圏を生み出し、先行者利益を享受しようと。
しかし、インパクトある構想と見栄えの良い収支表は描けたものの、デジタルディバイドが大きな障壁となりました。
自治体は限られた予算と時間の中でどうやってシビックプライドを継承していくのか。
この課題を克服していく上で、そこが面白いなと思わされました。
あなたなら、どんな理想の状態を想像しますか?
■乖離を埋めるための事例
- デジタルコミュニティエンゲージメントのベストプラクティス
- 地域コミュニティのデジタルエンゲージメントをサポートするための実践例。 出典: Commonplace
- デジタルコミュニティの現代社会における役割
- 現代社会におけるデジタルコミュニティの重要性とその活用方法。 出典: Aluminati
- デジタル時代における意味のあるコネクションの戦略
- デジタルと伝統的なコミュニティビルディングのギャップを埋めるための戦略。 出典: LinkedIn
- デジタルスペースにおけるコミュニティ
- オンラインコミュニティが日常生活においてどのようにネットワークを形成するかについての研究。 出典: Digital Commons
- デジタルコミュニティのベストプラクティス例
- コミュニケーションチャネルとビジネスモデルとしてのコミュニティのベストプラクティス。 出典: LinkedIn
■未来を担うべき主体
地域コミュニティのデジタル化を推進していくためには、政府、地方自治体、非営利団体、地域コミュニティのリーダー、および地域住民の力が必要です。
政府と自治体は政策の策定と資金提供を、非営利団体と地域リーダーはプロジェクトの実施と管理を、地域住民は参加とサポートを担う必要があると考えられます。
■乖離を埋めるための具体的な手段例
- 技術開発と導入: 最新のデジタル技術を活用し、地域活動を効率化する。
- 教育と啓発: 地域コミュニティのデジタルリテラシーを向上させるための教育プログラムの提供。
- 資金調達: デジタル化プロジェクトのための資金調達と効率的な資本運用。
そしてあなたは、どうやって理想と現実の間を克服していきますか?
こんにちは。順に拝読しているため時期が空いてのコメントになってしまいました。
今回も楽しく拝読させていただきました。
当ブログにて取り上げられている、アナログとデジタルの融和。特にアナログだからこそ紡がれてきた文化や感情といったものを、DXが進む中どのように継承・伝達していくのか。
仮にアニメのソードアートオンラインの世界のように、仮想空間技術が発達しバーチャルの世界でも五感を得られるようになったとして、そこで得た経験は文化を継承したことになるのでしょうか。実際に行われなければ祭りは祭りではないと個人的に思いますが、その開催が現実ではなくデータ上(バーチャル)であったら、果たしてその祭りは行われたとなるのでしょうか。
話をさらに跳躍させ、仮想空間技術がより発達し時間軸の調整を行えるようになり、ドラゴンボールの精神と時の間と同様に現実時間と体感時間に乖離を生めるようになったとしましょう。その時間経過の凝縮した空間で体験したことは、果たして実際に体験したとなるのでしょうか。体験を超え、文化を継承したことになるのでしょうか。
デジタルの発達により、場所という縛りから人類が解放されるようになったと思いますが、時間という縛りからも解放されうるとなったとき。これまで不変と思われていたものが崩壊したときに生活にどのような変化が起きるのか。
電気の活用ができるようになった時にはこれまで当然であった暗闇というものがなくなり、ヒトは夜を日中のように過ごせるようになりました。個としての生活が集団での生活になった時にはコミュニケーションが生まれ、言語や役割分担というものが生まれました。
現在のデジタル化が進行し、場所、時間、はたまたそれ以上の制限から解放された時、どのような変化が生まれるのか、考えてみて背筋がぞっとしました。
いつもありがとうございます!
「電気の活用ができるようになった時にはこれまで当然であった暗闇というものがなくなり、ヒトは夜を日中のように過ごせるようになりました。」
この言葉が印象に残りました。
仰る通りで、例えば江戸時代は電気がまだありませんでした。
そのため照明には、行灯や提灯、灯籠などがあり、光源はろうそくや油でした。
とはいえろうそくは高価だったため、城内や大名、豪商など限られた人しか使用できません。
一般庶民は植物や魚から取った油を使用していました。
となると光量が足りず「夜」という時間は夜這いか睡眠しかやることがないと。
明け方は3時〜4時頃から一日が始まっていたと。
コメントで頂いたように、時間の緩急(加速と減速)という概念がどれだけの影響をもたらすのか。
知るとは、記憶することなのか?
知るとは、意味を問うことなのか?
ちなみにニーチェは永劫回帰という概念を持ち出しましたが、機械を思考迷路で永遠にループさせた時と同じ結果になりました。
つまり、狂人となって果てるということです。
いま我々が唯一分かっていること。
それは、ウロボロスの輪を作れば人格は破綻するということです。
どこでどの範囲の規制を掛けるべきかについて、議論しなければならないのかなと。
そんなことを考えさせられました。